Lecture

実験・実習以外の授業を
"Lecture"と呼ぶ。



だから分類上は
ほとんどのクラスが"Lecture"なのだけど
Lectureの多くは
学生が円になってディスカッションするパターン。
教授はFacilitator(司会進行役)にまわる。

日本語の“講義”から連想される
大勢の学生の前で
講師がひとりしゃべる、みたいな授業は
大学院しか知らない私の経験ではとても少ないのだが
午前中にキャンパスを歩くと
外から見る限り“講義”形式の授業は結構ある。
学部だと学生数も多いし
専門によっては
講義の方が向いているものもあるんだろう。

後ろの方の席で居眠りしている学生もいる。
こういうところ、日米の差はないよなぁ。
日本で聞く“アメリカの大学”のイメージは
必死でがんばらざるを得ない留学生の体験談が
基になっているんじゃないかと思う。
普通のアメリカ人大学生は日本の大学生と同じように
がんばるヤツはがんばるけど
がんばらないヤツは授業もサボるし宿題もしない。

もっともアメリカでは
学部の授業は院生が教えていることも多いので
プロの教授と単純に比較するわけにはいかないが
いずれにしても
“発展途上”の講義は睡魔に勝てない。

講義型授業をやるには相当の力量が必要。
恥ずかしながら私も試みたことがあるが
せいぜいプレゼンテーション止まり。
で、ディスカッションやアクティビティでお茶を濁す。
とほほ。

私が受けた数少ない講義は
言語学のB教授、教育心理学のN教授、
コミュニケーション学のH教授、師匠のK教授。
ここに並べるだけで感動がよみがえる。
どれも教授の圧倒的な知識と準備と技に裏打ちされた
素晴らしいクラスだった。

聞くところによると
ヨーロッパの大学でも主流は講義型。
「知識のない学生同士がディスカッションしたって
勉強にならない」と言うところに
知を“授ける”場所としての大学の価値や
学生の高い期待が表れている。

ちなみに日本の大学中退率が低いのは
海外の大学が厳しいからというより
日本の大学の“救済措置”が異常に充実しているためだ。
台所事情もあるし
“中退”の印象が極端に悪い文化でもあるので
難しいところだとは思うけど
中退率を人工的に抑え続ければ質の低下は避けられない。

アメリカ並みの門戸の広さで多種多様の学生を受け入れ
活発なディスカッションのできる人材を育てるか。
ヨーロッパのように大学を特別な存在に戻して
学生を惹きつける上質の講義を提供するか。
はたまた独自の方法を生み出すか。
日本の大学はどこへ向かっていくのだろう。
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by emi_blog | 2010-03-16 16:48 | 学業 | Comments(0)  

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