Why are you crying?

『泣く理由を尋ねること』に見る
幾重にも重なった異文化間のズレ。



0. 序
"Why are you crying?"という質問を
3つの観点から検証し
日本文化とのズレを考察してみる。

1. Whyのズレ
そもそも日本人は"Why"に慣れていない。
日本人が英語を習う中で
大層な理由もないところへ“Why責め”に遭って
タジタジしてしまうことがある。
言外の意図という国内標準が
文化をまたぐと機能しなくなることを痛感させられる。
実際、英語を通すと日本人の描写は
先行する言動や意見について説明が不足しがち。
Because以下はそれを補うために必要なわけで
尋ねる方としては責めるどころか
むしろ興味を示している可能性が高いのだが
尋ねられた方としては
考えたこともない理由を矢継ぎ早に求められることになり
対処はなかなか厳しい。

「どうして泣いているの?」と
日本人はあまり尋ねない気がする。
尋ねられ慣れていない点に理由をつけて
その場ですぐに返答することは難しい。
また、考えたところで理由があるとも限らず
ただただ困ってしまうことにもなりうる。

しかし"Why are you crying?"文化圏の人は
この質問に慣れている可能性が高く
泣きながらでも理由を述べることができるのかもしれない。

2. ツボのズレ
“笑いのツボ”という概念がある。
自分と同じところで同じように笑う人がいたら
おもしろいと思う感覚が合うとみなす。
ズレていたら
「どこが?」「なぜ?」と不思議に思ったり
「うーむ、そこかぁ」と困ったりする。

異文化交流では
笑いのツボが違うという話をよく聞く。

居合わせた人が
「どうして泣いているの?」と尋ねたら
それも“ツボ”が違うという表れだろうか。
共感できないようなタイミングで泣かれて
戸惑っているのだろうか。

3. 価値のズレ
日本人は“ただ黙って”いることに価値を見る。
誰かが泣いているとき
理由が理解・共感できてもできなくても
ただ黙って側にいるという選択ができる。

“じっくり泣く”ということにも価値があるように思う。
子ども相手なら「泣くな!」と叱る手もあるが
大人が泣いているようなときは特別な場面とみなされ
泣きたいだけ、思う存分、泣かせてあげて
涙が止まるのを、泣いている本人とともに待つ。

そういう文化の出身者が
泣いている最中に理由を問われると
まず軽く驚いて涙が引く。
泣き止むのは悪いことじゃないが
なんとなく不消化なかんじが残る。

ゆっくり寝かせる vs 動いて治す、の違い
通じるところがあるかな。

4. 結
“泣き”については事例観察そのものが難しいためか
あまり取り上げられてきていない。
また、2者の関係・性別・年齢などの要因から
同一文化内でも感じ方の差が大きい可能性がある。
異文化という文脈で“泣き”を考察するのは
複雑すぎるかもしれない。
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by emi_blog | 2010-03-23 07:53 | 文化 | Comments(0)  

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