猫も杓子も活字が使える時代の
“筆”にまつわるいろいろのこと。



印刷が登場してから
『書く』の意味が広がって
区別するために『手書き』という言葉ができた。
そして個人が活字を使えるようになって
手書きの機会は激減した。

“筆”を持つのはメモを取るときだけ。
たまにしっかり字を書こうとすると
手に“筆”が馴染まない感じがして
自分の文字の拙さにがっかりしてしまう。

実際の道具はボールペンでも
これは“筆”としてイメージしやすい。
先端の素材が変わって
墨がインクになったぐらいは許容範囲。

しかし、メールや文書作成の冒頭に
『筆をとりました』と書く人はいるだろうか。
“筆”じゃなくてキーボードだし。
執るっていうか、打ってるし。
小説家の一部には今日でも
原稿用紙と万年筆を変わらず愛用する人もいるらしいけど
打って・保存して・切って・貼って、という作業を
『執筆』と呼んでいられるのは
ひょっとしたら先の短いことかもしれない。

でも『筆まめ』とかはまだ行けそうだな。
手紙とメールは同類ってことかしら。
『末筆ながら』とかも使われていそうだ。

と思っていたらネット上で
結びに『乱筆乱文にて』を使っている人がいた。
うーむ。
気持ちはわかるけど、これには違和感がある。
とはいえ『乱打』や『乱叩』ではねぇ。

高速タイピストを『健筆』、
フォントが綺麗なら『達筆』、
文字化けで読めなければ『悪筆』。
…無理がありすぎる。
この“筆”は文字を書く技術のことなので
活字入力に応用するのは難しい。

手書きの文字にはその人の心が映るという。
日頃の連絡はメール、
年賀状は両面ともパソコンで、となると
何年も経って気心知り合いまくった後で初めて
「へぇーそんな字書くんだ」ということも珍しくない。
“筆”はこれからどうなっていくのだろう。

ところでゆび筆という商品があるらしい。
これはおもしろそうだ。
しゃべりながら指で言葉を膝に書きつける癖のあった
祖父のことを思い出す。
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by emi_blog | 2010-04-02 15:31 | ことば | Comments(0)  

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