65年

「なぜ謝らぬ」なんて
思ってる場合じゃないよ。



たとえば熱りがさめた翌年ぐらいの
まだ相手のことをよく知らない頃なら
「ねぇあの時のこと、謝ってほしいんだけど」と
切り出したくなるのも無理はない。

で。
はぐらかすわけでもなく
開き直るでもなく
悪びれるそぶりなどまったくなく
むしろ驚いた様子で相手が
「え?なんで?」と言ってきたら
「なぜ謝らぬ」となっただろう。

その時点でケンカ別れ…は
立場上できなかったとしても
「こんなひどいヤツだったとは!」と
幻滅ぐらいはしておいた方がよかった。
そしたらヘンに期待せずに済んだ。

65年という長い長い時間の中で
性格の不一致を実感する出来事は
数え切れないほどあった。
それでも関係を続けてきた。

ヤツがあっちでもこっちでも
正義の名の下にとんでもないことを繰り返し
英雄を気取りたがるのを
けっこう近くで見てきた。
それでも目をつぶらざるを得なかった。

もうわかっているでしょう?
ヤツはそういうヤツなんだよ。

私はヤツとはまだたった5年ほどの付き合いだが
ヤツに謝る気などこれっぽっちもないと
はっきりわかる。
謝るわけがない。

なぜ謝らぬか。
それはヤツが良いことをしたと本気で思っているから。
それがヤツの目に映る真実だから。
極端な話、「なぜ謝らぬ」に対抗して
「なぜ感謝できぬ」と思ってるくらいだよ?
答えようがないのはお互いさまさ。
歩み寄りなんて次元の話じゃないよ。

過ちを知りながら
駆け引きのために謝らないってわけでもないんだよ。
もし謝ってきたりなどしたら
それこそが駆け引きなんだよ。

そういうヤツと
付き合っていかなくちゃならない道を選んだんだ。
もっと割り切って行かないと。
そしてガードを固めないと。

「なぜ謝らぬ」と問いかけること自体が
いつまでも淡い期待を抱くナイーブさを露呈させる。
それでは対等になんてなれっこないよ。
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by emi_blog | 2010-08-08 18:01 | 文化  

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