琵琶湖へ行ってきた。



おいしい肉や魚や野菜をたっぷりいただき
夕日を眺め、温泉につかり
センスの良いミュージアムで歴史を学び
お城に登り、紫陽花や沙羅の花を愛で…と、
どの角度で切り取ってもおなかいっぱいの旅。

琵琶湖は初めてではないけど
自分で運転して来たことはなかったので
その大きさが全然わかっていなかった。
長浜から近江八幡まで、ひょいと行けるぐらいかと思っていたが
いやぁ、ナメてたね。
さらに、大河ドラマのことも、ゆるキャラのことも
まったく知らずにそのド真ん中へ飛び込んでしまった。
営業マンだったら「出直して来い」と叱られそうな
下調べの怠りっぷり。
すんません。

このあたりのことを『近江』という。
『江州』ともいう。
普通に考えて、『江』は琵琶湖のことだろう。

はて。
『淡海』という表記や『おうみ』という音からして
昔の人はこのでっかい水溜りを“海”に分類していたのだろうと思う。
しかし、なぜそこへ『江』という字を当てたのかな。
中国では『江』は大きな川、つまり『河』のことだったはずだが
“川”と一緒にしていたとは考えにくい。

気になったので調べてみたのだが
『うみ』と『江』の関係はよくわからないらしい。
こちらのブログの説明が詳しい。

ふーん、と思うと同時に、また別の疑問が。
このブログ記事によると
「琵琶湖は昔から単に大きな湖を意味する『大湖(おうみ)』と呼ばれて」いたそうだ。
おぉ、昔の人はこの水溜りが“湖”だということをご存知でしたか。
勝手に「“海”に分類していた」なんて決め付けて失礼しました。

でも、だとすると
誰がどうやって“湖”だと確かめることができたんだ?
近くでいちばん高い山に上って見渡したところで
水溜りの全容を見ることはできなかったでしょう?
ぐるりと一周、歩いてまわった人が
「おい、これは海じゃねぇぞ」ってみんなに伝えたのかしら。
私のようなへなちょこは
車で1/3周したぐらいでも遠いと思ったのに。

情報過多の現代人は
なんでもかんでも知りたがるわりに
すぐ手に入る底の浅い情報を得ただけで満足してしまう。
昔の人の想像力と行動力の逞しさにもっと敬意を払わなければ。

日本の教育の一部では
『調べない』というトレーニングを採用しはじめたと聞く。
とても日本的な目のつけどころだと思う。
うん、その方向性はよさそうな気がする。
ひょっとしたらアメリカを出し抜けるかもよ。
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by emi_blog | 2011-07-08 04:18 | その他 | Comments(2)  

Commented by tak-shonai at 2011-07-10 01:43 x
もしかしたら、昔の人にとっては、その大きな水溜まりが海(湾)であるのか、閉じている湖であるのかは、どうでもよかったんじゃないでしょうか。
塩水湖というのもあるし、そうかと思うと、九州の大村湾なんて、西海橋の下で外海とつながっているだけで、「琴の湖」なんて呼ばれたりしています。
結局は、その水が明らかにしょっぱいかどうかの違いだったりして。
Commented by emi_blog at 2011-07-10 10:07
「どうでもいい」、きっとそうだったと思います。一部の地理学者みたいな人を除いては、海だと思っていた水溜りが湖だったと言われても生活はなにも変わらないし、「みず+うみ」というぐらいですから、海と湖を区別できていない人も大勢いただろうと想像しています。

その「どうでもいい」という潔さは、アメリカでガクモンなんかをちまちまやっている私の目にはかなりカッコよく映ります。
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