痛風

「風が吹いただけでも痛い」なんていう
病気があるらしいよね。



空気のあるところで生きることを選んでおきながら
その動きを止めたり変えたりすることを望むべきではない。
痛風を患っているからといって、風を睨みつけて
「痛いじゃないの!」と文句を言ってもしょうがない。

風の立場にもなってみてよ。
たまたま近くを通っただけで牙を向けられるなんていい迷惑。
風はいつでもそうしているように、ただそこで吹いているだけ。
あなたが痛風持ちだと知っていて、その傷口を狙って
あなたを痛がらせるために吹いているわけじゃない。
あなたが痛がろうが、風を恨もうが
風は「知ったことか」と構わず吹き続ける。

痛いところは治すしかないんだよ。
治りさえすれば
風に腹を立てるなんてバカバカしいことはしなくなる。
早く治して「あぁ涼しい」「いい風だな」と
風を受け止められるようにならなければ暮らしにくくてしょうがない。
あなたが睨みつけ、文句を言った相手の正体は
いつもお世話になってる空気なんだしさ。

精神的な痛みも同じこと。

人のいるところで生きていくことを選んだ以上
他人の動きを止めたり変えたりすることを望むべきではない。
たまたま近くを通りかかった誰かの姿が
あなたの心をざっくり斬りつけたとしても
いきなり「痛いじゃないの!」と文句を言っちゃあやっぱりまずい。

そりゃ、人は風よりいくらか親切だから
「知ったことか」と吹き続けたりはしないかもしれない。
風は止まらないけど、人は止まってくれる。
驚いて、事情を聞いて、ひょっとしたら同情したり謝ったり
痛みを与えないように気をつけたりしてくれるだろう。
それこそ“腫れ物に触るように”あなたを扱ってくれるだろう。
治療法を教えてくれる人もいるかもしれない。

でも人は風より冷淡だから
ずっと変わらずあなたの周りを吹き続けていてくれたりはしない。
風は離れていかないけど、人は離れていく。

痛いところは治すしかないのだよ。
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by emi_blog | 2011-09-07 17:11 | その他 | Comments(0)  

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