頭脳対決

年末年始、“頭脳対決”な番組を
続けて2つ見た。



超テレビっ子だった私だが
いまやすっかりテレビから離れてしまった。
たぶん二十歳ぐらいまでに
一生分のテレビを見ちゃったんだろうね。
アメリカの自宅にはテレビを置いていないし
帰国中でもほとんど見ることがない。
特に日本のテレビは地デジになってから
色が鮮やかすぎてついていけない。

というわけで
年末年始も私の視聴時間はたいして伸びなかった。
にもかかわらず、似たような趣旨の番組を2つも見た。

日本NO.1の頭脳王!大決定戦!
ブレインワールドカップ知力世界No.1 大学決定戦

めったにテレビを見ない人が
数日のうちに同じような番組に出くわすということは
この手の番組が流行っているのかもしれない。
ちょっと前まで“おバカ”一辺倒だったのにね。
できるにしろ、できないにしろ、
見ている人が「自分とかけ離れている」と感じることが
人気の秘密なんだろうか。

①は、まぁよくあるクイズ番組でそれなりに楽しめた。
②は、かなりイライラしながら我慢して見た。

番組を提供する側がそう誘導しているから仕方ないけど
『高学歴→だからクイズに強い』とか
『クイズに強い=頭がいい』というのはまったくの誤解。
出演者たちのすごいところは
日頃はクイズと無関係の専門分野で活躍しているのに
クイズに有効な技術をも持っている、という点だ。
一芸に秀でている人は、往々にして趣味の世界でも大成している。

こうした誤解は①も臭わせていたが②では顕著だった。
さらに②が気に入らなかったのは
『クイズスキルを測る』という娯楽の範疇の基準を使って
あたかも世界のトップ大学の序列がつくように見せかけていたところ。

クイズスキルに世界標準があるかどうか知らないし
この番組の出題の内容や方法がそれに合っているかどうかも知らないが
私の目には日本人が得意なやり方を採用しているように見えた。
そのアウェイな状況でアメリカ人もイギリス人も健闘していたので
やはり世界の知的アスリートたちの守備範囲は広いな、と感心した。

②が好みじゃなかったのは
外国人と並ぶとどうしても日本人学生の未熟さが目に付いて
身内として見ていられない、という理由もあったと思う。
なかでも特に気になったのは以下の2点。

一つは、受け答えや陶酔の仕方が
外国の学生たちと比べて突出して幼いこと。
日本では最高水準の大学に通う学生でさえ
オトナとしての態度・振る舞いを身につけていないことを
浮き彫りにしていた。
どんなに優秀でもコドモはコドモ。
これでは他国から尊敬されるどころか、対等にも扱ってもらえない。
政治でも産業でもビジネスでも起きていることの縮図が
ここにもあった。

もう一つは、チームワークの不味さ。
チームという概念における誤解または無理解といってもいい。
せっかく仲間がいても日本人はチームを形成することができない。
“チームワーク”の名の下に行われているのは作業の分担のみ。
4人集まれば仕事を4分割して仕上げる。
もちろんそれは作業効率が高く、
だから速さを競うクイズ番組では有効に働く方法だが
“チームワーク”では決してない。

日本では教室でも職場でも
与えられた部分を仕上げて提出するという訓練ばかりやっているから
どうしてもそれが得意になる。
そこでは個人個人の能力は鍛えられるが、その反面
集団に対して柔軟に貢献しながら能力を発揮する機会を逸する。
1+1は最善でも2にしかならず、最悪1と1が対立して0に終わる。

チームワークとは足し算でも引き算でもない。
チームとの関わりの中から、一人ひとりが
個人プレイでは出し得なかったアイディアを出しあい
その中からより良いものを取捨選択するから
1+1は一旦3にも4にもなり、最後には融合して1になる。

教育機関とは、生徒や学生に他人や社会との関わりを体験させ
それに必要な知識を教授する場のはずである。
欧米のエリートは優れた対人能力と知識を兼ね備えており
バランスがいい。
その卵たちは大学生になるまでにとっくにその核を構築していて
あとは経験を積んで放射状に各能力を伸ばし
“玉”を大きくしていくだけなのだ。
日本の大学生たちからは、そういう立体的な能力が感じられなかった。

一体どこをどうしたらいいんだろうね。
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by emi_blog | 2012-01-09 00:10 | 文化  

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