定形

多様な生き方を認めること。
あたりまえにいろいろでいること。



FacebookのRelationship Statusには
以下のような選択肢がある。

Single
In a relationship
Engaged
Married
It's complicated
In an open relationship
Widowed
Separated
Divorced
In a civil union
In a domestic partnership

最後の二つは2011年2月に追加された(参照)。
アメリカにはあらゆる場面で
要望をもとに選択肢を増やす傾向がある。
このStatusだって、また「足りない」という声が上がれば
新しいものが追加されることになるだろう。

既存の選択肢で該当するものがなかった人は
「待ってました!」とばかりにさっそく新しい選択肢を選ぶ。
一方で、追加されて初めて注目される、ということもある。

たとえば'civil union' などはアメリカ人でも
どういう関係なのか知らない人もいる。
知っているけど理解できない、という人もいる。
内心「いかがなものか」と思っている人もきっといるけど
それを表すことはなるべく避ける。
(「アメリカ人は主義主張を黙っていられない」なんて
誰が言い出したんだろうね。)

みんな違って当たり前。
それがアメリカという国で、一部自然発生的に、一部人工的に、
一部強制的に作られた文化であり、前提であり、建前である。
Diverse でInclusive な態度は現代アメリカの考える理想であり
フェイスブック上に限っては“世界標準”にまでなっている。

日本がこの影響を受けないはずはなく
結婚観や人生観の多様化が気にされ始めて久しい。
しかし実際のところ、日本人には受け入れがたいだろうと思う。
たとえば上記のRelationship Statusの選択肢には
日本人に選ばれる機会が極めて少ないものがいくつか含まれている。

日本には“定形”がある。
多くの日本人は“定形内”に収まることを好む。
これも教育などによって変化していく価値観なのかもしれないが
少なくとも今のところ、社会的には“定形内”が圧倒的に有利。
だから“定形外”の人は往々にして『無記入』を選ぶ。
あえて“定形外”を表明するときには勇気や覚悟を要する。
たとえ差別や排除がなくても“定形外”の立場は弱い。
“定形内”の人が頭で考えて、マナーとして、理性的に、
あるいはルールに則ってしぶしぶ、
“定形外”を「認めてあげる」ようになったとしても
「みんな違って当たり前」にはまだ遠い。

アメリカにもかつて“定形”があった。
“定形外”が力をつけ、闘って、“定形”を崩した。
もちろん“定形”が完全になくなったわけではない。
でも日本と比べると、少なくとも表向きには
アメリカの“定形”は、ないに等しいなと思う。
“定形”がなければ“定形内”も“定形外”もない。
Untraditional だからといって肩身が狭いことにはならない。
ただ単に、違う。それだけのこと。

日本ではこの概念の輸入をはさんだ前後の世代間で
“定形外”に対する反応に差がある。
都市部とそれ以外の違いも大きい。
が、全体としては
多様な生き方・考え方を抵抗なく受け入れられる人が
確実に増えてきている。

“定形”はいずれ日本からも消えていくのだろうか。
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by emi_blog | 2012-01-24 09:05 | 文化 | Comments(0)  

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