屈折

心の深いところにある本当の気持ちを隠して
わざわざ寂しさを募らせること、について。



感情がもつれることは誰にでもある。
いわゆる「感情的」という状態になる。
そういう人の絡まった糸を丁寧にほぐしていくと
糸巻きの芯に痕を見つけることがある。
長期間にわたって積まれた負の経験。
糸が絡まりやすいのはこの痕のせいなのだ。

直せるものなら直したいと本人も思っている。
しかし、芯を直すのは大変だから
たいていは力任せに糸を巻きつけて取り繕う。
こうして“芯のこと”は見た目にはわからなくなる。
本人の頭の中では常にひっかかっているけどね。

エネルギー満タンで気を張っていられるうちはよいが
なにかの拍子に糸がハラハラとほどけると
その糸はまた絡まりはじめる。
糸をほどいて“芯のこと”が露出したりしたら困るから
もつれごと飲み込むように、上からぐるぐる巻きにする。
表面的にはまた普通の糸巻きに戻る。
本人の頭の中では常にひっかかっているけどね。

“芯のこと”を悟られないように気をつける癖がついた人は
誰にどこまでバラしていいのか、何を隠さなきゃいけないのか、
だんだんわからなくなってくる。
それで、自分の本当の気持ちに丸ごと蓋をするようになる。
見破られることを恐れて人とのつきあいを浅く保とうとする。

気持ちを隠すことに慣れた人は
特別な事情があって気持ちを伝えなくてはいけない場面でも
本当に伝えたい気持ちがどこにあるのか見つけられない。
「違う、これも違う」と伝えたいことを探す過程で感情が高ぶり
余計な言葉を重ねて相手や自分を追い込んだり
暴力的な手段をとったりする。
喧嘩になるにしろ、相手が黙って折れるにしろ、
その場はいずれ収まるが、結局イヤな感じは残る。
相手は頃合を見計らって、離れていく。

人が離れていく経験を積んだ人は、そこから
「気持ちを伝えようとしたのは失敗だった」と誤った結論を導き出す。
ますます強固に糸を巻いて“芯のこと”を封印し
気持ちにはしっかり蓋をするよう心がける。
どんなときでも、笑顔を絶やさず。
特に離したくない大事な相手ができると
偽ってでも、押し殺してでも、本心を表さないようにする。

“芯のこと”を悪と決め付けて
ぐるぐる巻きにして明るさを装う。
そうしながら、実は
“芯のこと”を受け入れてくれる人が現れるのを
密かにずぅっと待っている。
見せられない、でも見つけてほしい。
「この人なら」と思える相手が現れると心を開いてみたくなる。
でも、慣れないことでつい感情をぶつけてしまって
うまくいかない。
で、また封印する。
「やっぱり“芯のこと”は誰にも言えない」。
寂しさが募る。どんどん募る。

寂しい子どもは寂しい大人になる。
もし“芯のこと”を抱えて大人になってしまったら
まずは自らそれを受け入れる勇気を持ってほしい。
ぐるぐる巻きをほどいて“芯のこと”と逃げずに向き合う。
そしたら受け入れてくれる人はきっと現れる。
立ち止まってくれそうな人が通りかかったら
いきなり感情をぶつけないで、ゆっくり距離を縮める。
最初はとても難しいし、怖い。
でも、できるようになったら
きっと「なんだ、こんなことか」と思うくらい簡単なんだよ。
[PR]

by emi_blog | 2012-02-07 07:00 | その他  

<< Research Ethics... Super Bowl >>