しょうがない

「しょうがない」とは
「そんなことぐらいで良さは減らない」ということ。



有名な『ゲシュタルトの祈り』。

  I do my thing and you do your thing.
  I am not in this world to live up to your expectations,
  And you are not in this world to live up to mine.
  You are you, and I am I,
  and if by chance we find each other, it's beautiful.
  If not, it can't be helped.
  (Fritz Perls, "Gestalt Therapy Verbatim", 1969)

一般的な和訳は以下のとおり。

  私は私のことをする、あなたはあなたのことをする。
  私はあなたの期待に応えるためにこの世に在るのではない。
  あなたもまた、私の期待に応えるためにこの世に在るのではない。
  あなたはあなた、私は私。
  もしも縁あって、私たちが出会えたのならそれは素晴らしいこと。
  出会えなくても、それもまた素晴らしいこと。

最後の一文、"It can't be helped" を
「それもまた素晴らしい」と訳している。
英→日の翻訳としては、ちょっと飛躍しすぎな気がする。
私の口癖である「しょうがない(仕方ない)」が妥当だし
ネット上では実際にそう訳している人も多いようだ。

このカラクリは原文であるドイツ語の
"wenn nicht, dann ist auch das gut so"
に戻ると見えてくるらしい。
私はドイツ語はさっぱりわからないので
たとえばこちらのサイトの解説を鵜呑みにしてみる。

  私たちはよりよい状態である事を願い、そうなろうとする事
  (ポジティヴだとか前向きだとか)を良い事だと考えるように
  訓練されています。しかしパールズによればこれは「自虐」であり
  「ポジティヴ教の信者」なのです。(略)出会えない事、それもまたよし、
  という言葉には、すべてをあるがままに受け止めるゲシュタルトの精神が
  集約されています。

そのうえで、日本語の「しょうがない」に帰る。
ははぁ、なるほど。

私は筋金入りのマイナス思考で“ネガティブ教”の信者なので
良いことは起きない予感を常に持ち
良くないことが起きた場合に備えている。
良い期待は外れて当たり前、ガッカリするのが基本。
そういう心構えなので
ハッピーなことばかりが続くと心配になってくる。
逆に残念な/悲しい/辛いことが起きたときには
「やっぱりね」と思う。
で、「しょうがない」と言って、積極的に“あきらめる”。

この「しょうがない」には否定的な要素はまったくない。
残念/悲しい/辛い、だとしても、それはそれとして
「現状になんら影響しない」という意味だ。
どう転んでも、多少やっかいなことが混ざっても、一時的に凹んでも、
全体として私が幸せで恵まれていることには変わりがない、
それが欠けてしまったらかえって不幸かもしれない、
だから残念な/悲しい/辛いことがあってよかった、と
そういうこと。
つまり私の言語感覚では
「しょうがない」と「それもまた素晴らしい」はほぼ同義。
"wenn nicht, dann ist auch das gut so"を
「しょうがない」と和訳しても、きっと間違いではないと思う。
ドイツ語話者と日本語話者のメンタリティは近そうだし。

ま、そうはいってもこの解釈は一般的ではないだろうから
やはり「それもまた素晴らしい」がいいでしょう。

となると英訳がおかしいんじゃないだろうか。
"Even if not, the beauty remains."ぐらい?
今度英独バイリンガルに会ったら聞いてみよう。
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by emi_blog | 2012-02-15 08:34 | ことば | Comments(2)  

Commented by tak-shonai at 2012-02-18 20:59 x
ふぅむ、なるほど!

もしかしたら、英語にしにくいドイツ語のニュアンスというのがあるのかもしれませんね。
Commented by emi_blog at 2012-02-19 11:29
日本語と英語の二言語間でもうまくなじまないことはしょっちゅうですから、英語とドイツ語に同じことがあっても不思議ではありませんよね。
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