低迷中

本業、長期低迷中。
その原因などを考えてみる。



まずは経過を見る。

2010年10月
前例のないことに足をつっこんでしまったことに気づく。
2010年12月
逃げ道がふさがれていることに気づく。
2011年2月
過去を振り返って凹む。
2011年10月
意気消沈。

で、その後はブログに書く気にもならないほど
イヤんなっちゃっている。

社会人を離れて学生をやることや、
アメリカや、“お勉強”については初めからしぶしぶだったから
今さらそんなことが影響しているとは思えない。
むしろ、そんな環境にあっても
研究だけは知的好奇心をくすぐり、私をワクワクさせ続けてきた。
そうでなければここまで来られなかった。

その、唯一の拠りどころだったワクワクが消えちゃったんだなぁ。
なんでかな。

今のところ思いつく理由は以下の3つほど。

ひとつには、研究の理想と現実というか、
自分の研究に対する想いが変化したこと。
コースワークに追われながら業界全体を見渡していた頃は
興味の向かうままに、自分のやりたいことを空想していればよかった。
空想だからどんなことでも実現可能だし
その結果や効果についても自由に想定することができる。
しかし、現実はそうはいかない。
対象を絞り込み、具体的に計画を立て、プロポーザルを書いて、
師匠らにゴリゴリやられて、実体のあるものに変化した研究は
当初思い描いていたものよりずっと小ぢんまりしていて
洗練されているぶん、お固くて優等生っぽい。
ボサボサ頭でTシャツに短パンだった我が子が
七三に分けて一張羅を着て蝶ネクタイでもしてるような感じで
なんだかもう、うちの子じゃないみたいなんだよな。

もうひとつは、上記の経過にもはっきり現れているとおり
「もう逃げられない」という追い詰められ感に追い詰められていること。
もともと私は逃げないタイプなのだけど
それは逃げられる状況で自主的に逃げないから心地よいのであって
逃げられないように縛られるのは辛い。
まぁ、逃げられないというのも私の勝手な思い込みなんだけど
ここまで長きに渡って
家族や師匠や友人たちに多大なる貢献や応援をしてもらい
それを一方的に受け取るだけ受け取っておいて
辞めますってわけにはいかないよなぁ、とか、
自分の部屋に積みあがっているペーパーなど
今まで読んだり書いたりしてきた紙類を前に
これを何にも活かさずにただ捨てるわけにはいかないよなぁ、とか、
やっぱりどうしても考えてしまうんだよね。

3つめは、このところよく指摘され、自覚もしている
「自分のことはさておき」が進みすぎていること。
自他共に認める世話焼きはもうどうにもならないとしても
おそらくどこかから度を越してしまっていて
自分を中心に考えるのは、もはや苦痛でさえあるのだと思う。
自分の研究のことだけ考えて毎日を過ごし、
自分の研究のために他の人たちに全面的に協力してもらうという
現在のステージ、ABD(All But Dissertation) は
私にとってものすごく居心地が悪い。

さて。
ここまで考えて、それで、ここからどうするか。
きっと、割り切ってやっていく、とかがいいんだろうね。
自分の好みと逆方向へ事が進んでいくのはいつものこと。
どこかでまた、「乗っかっていこう」と腹をくくるんでしょう。

たぶんそうなんだけど、まだちょっと覚悟ができない。
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by emi_blog | 2012-03-29 04:43 | 研究  

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