師弟

哲学と信念と、恩義と情と上下関係と。



師匠とのミーティング。
ひと言反論したところで、師匠、噴火。
あーあ。

結局のところ、“根”を共有できていないから
こういう軋轢がちょいちょい生じるのよね。

もっと早い段階で対処しておかなかった私の落ち度でもあるが
「テツガクとはなんぞや」とか
「テツガクが研究にどう影響するか」とかいうことを
学生である私の側が理解するのには時間がかかるから
仕方がなかったとも思う。
最初っからずっと持っていた、「うーん、違うんだよなぁ」、
「なんでわかってくれないかなぁ」というモヤモヤが
後々こんなに響いてくるとはねぇ。
第一印象というか、直感が伝えてくる信号は侮れない。
その正体がわかった頃には「時すでに遅し」ってこともあるし。

とはいえ難しいのは、師匠と私は同じ分野にいて
明らかに研究の“果実”を共有しているという点。
研究対象、あるいはこの分野で求められていることについては
ほとんどの部分で師匠と見解が一致する。
が、しかし、いかんせん“根”が別のところにあるから
いつも最後の最後で分かれてしまう。
というか、下手にそこそこ奥まで一緒に行ってしまうだけに
その先で分かれたとき、かえってややこしい。

留学初期の若気が至っていた頃は、私も黙っていなかった。
いま思えば、もっとピュアだったために
「ちゃんと伝えれば、聞き入れてもらえる」という
期待があったのかもしれない。

異なるテツガクは、そんなに簡単に混ざり合ったりしない。
さらに、アカデミアという世界は大いにポリティカルであるし
残されている時間にも、労力にも資源にも限りがある。
オトナにならなければいけないのだ。

そして師匠は私を一人前にしようとしてくれている。
噴火しているのは感情的な面もあるが
「どんな批判を受けてもグラつくな」という叱咤激励でもある。
いつまでも「自信がない」と弱音を吐く私に
「心配するな。自信を持て。絶対にできる」と発破をかける。
それでもまだ私がウジウジしているから
「私の言うことが信用できないのか。それなら出て行け」と怒鳴る。

辞められるものなら、と思う。
しかし、ここへ来るまでに助けてくれた人や
現在進行形でお世話になっている人たちの顔が思い浮かぶ。
先を行く人たちは皆、「そこを抜けたら世界が変わるから」
「やっておいて損はないから」と応援してくれる。
そういう諸々の事情が視野に入ってくるうちは
まだ限界に達してはいないのかな、とも思う。

現実をドライに見据えて、淡々と、粛々と。
業務としてこなしていくより他にないんでしょうかね。
うーむ。
そのやり方で、果たして身が持つかしら。

学生は“いいご身分”には違いないけど
意外と気楽じゃないこともあったりするんだよね。
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by emi_blog | 2012-04-27 05:59 | 研究 | Comments(0)  

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