幸せ

幸せについて。



「人は自分以上に他人を幸せにできない」。
初めてこの言葉を聞いたとき、ショックを受けた。
違和感と嫌悪感を覚えた。

幸せは伝染する、不幸せも伝染する。
自分が幸せじゃないと、他人の幸せを妬んだり羨んだりして
ますます幸せが遠のく。
だからまず自分が幸せにならなればいけない、と。
そして自分の幸せをたっぷり蓄えたら
それをおすそ分けするように他人に分配するのだ、と。

うん。
おっしゃることはわかる。
でも、どこかすっきりしない。
なーんか嫌な感じが残る。
とはいえ内容的には理解できないわけじゃない。
「人は自分以上に他人を幸せにできない」。
意味はわかるけど、好きじゃない。

というわけでこれについては賛成も反対もせず
ずっと態度保留にしてあったのだが
最近になってまた気になりだした。
単に言い方がまずいだけなのかもなぁ。

たとえばこう言い換えたらどうだろう。
「人は幸せになって、その良さを知ると
ようやく他人の幸せを望めるようになる」。
言ってることは同じようなもんなんだけどね。

幸せになったことがない人は
幸せとはどんなものなのか具体的に想像することができない。
想像できないものを望むことはできない。

不幸せな人は、他の誰かが自分と同じように不幸せだと安心する。
逆に、“幸せと呼ばれているらしいもの”を持っている人に会うと不安になる。
見たこともないものをムシャムシャおいしそうに食べている人がいたら
気味が悪いでしょ?
“妬み”や“羨む”気持ちは、実は得体の知れないものに対する
不安や恐れなのかもしれない。

幸せを知っている人は、幸せな誰かと出会ったとき
それをすんなりと受け入れることができる。
家族や友人など、自分にとって大切な人たちがいれば
その人たちにも幸せになってほしいと心から願う。
それはおいしいものを食べたときに
「あぁ、これをあの人にも食べさせたい」と思うのと似ている。

「人は自分以上に他人を幸せにできない」という言葉を
私が好きになれないのは
そこに「幸せ=高み」というような上下関係を感じるからだろう。
天守閣から庶民を見下ろして、優越感から何かをばらまくような
下品ないやらしさが鼻についてならない。

幸せな人は他人を見下したりしない。
自分と同じように幸せな人がいれば微笑ましく見守り
不幸せな人がいれば心配し、早く幸せになってほしいと祈る。

私のまわりには私の幸せを望み、
私が幸せだと知って喜んでくれる幸せな人がたくさんいる。
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by emi_blog | 2012-07-10 22:22 | その他 | Comments(0)  

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