「まだ学生」

「まだ学生」という感覚について。



社会人が成熟。学生は未熟。
学生は社会人になるための準備期間。
だからこそ、「まだ」学生、「もう」社会人。
社会人学生がエライのは、社会人「なのに」学生でもあるから。
学生起業家がエライのは、学生「なのに」社会人でもあるから。

日本生まれ、日本育ちなので
私は長いことそう思っていた。
社会人になったとき、ようやく「まだ」から解放された気がした。
また学生になったとき、逆戻りというか、格下げになった気がして
とても嫌だった。

だから若者が「まだ」に苛立ちを覚えるのはよくわかる。
「まだ」に甘えている学生については、共感はできないけど
現象としては理解できる。

しかし、「まだ」は「まだ若い」「まだ早い」の「まだ」であって
「学生」に付いているわけではない。
「まだ学生」とセットで聞き慣れてしまっているので
つい学生でさえいれば「まだ」が延長されるかと思うが
それは勘違い。
「まだ」を延ばそうとして大学や大学院へ進んで
おかしなことになっちゃってる人、いるでしょ?

世間は無責任で一貫性がないので
昨日まで「まだ」だった人を突然「もう」と呼び始める。
その時までに、たまたま卒業式や入社式を経ていれば
本人も自然と切り替えができるが
心の準備ができていないと「え、いつのまに?」「聞いてないよ」となって
自己に乱れが生じる。

うちの親は誰かに私のことを話すとき
「まだ学生」と言いたがる。
ちょっとしたサプライズとして使っているのか、
自虐ネタなのか、親としての役割にプライドがあるのか、
理由はよくわからない。
私としては違和感ありまくりなのだが
「まだ学生」を好むのは彼らの自由なのでしょうがない。
本人である私が違和感を持っていればいっか、と思っている。
私自身はとっくに「もう」だからね。

私が学生でありながら、きっぱり「もう」と思えるのは
せっかく「もう」社会人の経験をしているので
その感覚を手放さないように、死守していると言ってもいいほど
意識的に保っているから。
学生をやっている場所がアメリカだったのも助かったかもね。

アメリカには「まだ学生」という感覚はないのではないかと思う。
やり直しや敗者復活が機能しているためなのかもしれないし、
生涯にわたって自転車操業を強いられる文化のせいかもしれない。
ひょっとしたら「もう」と「まだ」を区別せず
'yet' に集約しているから、という言語の影響もあるかも?

日本の学生から「まだ」を切り離すには
どうしたらいいかなぁ。


【関連記事】
足し算・引き算 (2010/2/7)
就活 (2012/6/22)
[PR]

by emi_blog | 2013-02-17 23:49 | 文化 | Comments(0)  

名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

<< Tokyo String Qu... Older Versions >>