携帯電話

携帯電話が壊れたので買い換えた。
で、思ったこと。



今年に入ってから何度か、一瞬だけ着信して切れる、とか
充電が終わると死んでる、とかいうことがあったのだが
どうにかこうにか使えていたのでそのままにしていた。
しかし先日電話をかけたところ、3コール目で電源が落ち、
とうとうそのまま帰らぬ人となった。

いくら使わなくても、電話なしでは困るので新しいのを買った。
ガラケーもガラケー、
日本で言うところの“らくらくホン”に当たるような機種。
ボタンはちっちゃいけどね。

私がこういう超昭和な携帯電話をバッグから出すと、
たいていの人は驚く。
見た目に合わないのだろうと思う。
でもそれを指摘するのは失礼と思ってか、みんな驚きを隠す。
そして私がパソコンでさくさく仕事や研究をしているのを
見たり聞いたりして、もう一度驚く。
「今時のアメリカの学生なんだから普通でしょ」と言うと
「あ、そうか。そう言えばそうか」と、ようやく納得してもらえる。

私は電話をほとんど使わない。
使わないものにお金をかける趣味がない。
本体価格や維持費を抑え、充電の持ちが良いものを選ぶと
たまたま“らくらくホン”になる。
それだけのこと。

そして、私の携帯電話がどんなに鈍臭かろうと
私がオンラインで会議や授業や実験を行ったり、
統計などのデータ分析アプリをさほどビビらず使えたり、
HTMLの読み書きがいくらかできたりすることに、変わりはない。

しかし、携帯電話がもたらす印象というのは非常に大きい。
人は他人の携帯電話をよく見ており、
どんな携帯電話を持っているかによって持ち主のこと、
たとえば流行など情報に対する敏感さやセンス、
ITやデジタルの世界におけるリテラシーなどについて
一定の評価を下す。
あるいは人を見て、「この人なら、このくらいの携帯電話かな」と
“値踏み”する。
私の場合は期待を裏切り、さらにその後ひっくり返すので
みんなを惑わしてしまうのだろう。
知らんがな。

おそらく多くの人は自分が見ているように
自分の携帯電話も他人に見られているという意識が強いのだろう。
携帯電話の印象によって、自分の評価に影響がある、と思えば
どんなに高価でも最新のスマホを買う必要が出てくる。
たとえ使えなくても、それを持っているということ、
そして持っていることを他人に見せることが重要なのだろう。

そう考えると、高級車やブランド品と同じようなことだね。
本当に良いと思ってそれを選び、使いこなしている人もいるけど
多くの人にとっては「何を持っているか」の方が大事。
私と同じくらい携帯電話に興味がなく、本当は通話専用でOKという人も
安く値踏みされることが怖くて“らくらくホン”に手が出せないのかも。
気の毒だなぁ。

そんなもんで人の価値に影響なんてないよ、と思うけど
信じてもらえないだろうから、しょうがない。
経済効果、経済効果。
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by emi_blog | 2013-03-19 01:12 | その他 | Comments(0)  

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