別学・共学

そういえば、北関東~東北には
男女別学の高校が多いんだって?



先日、女性3人でお茶していたところ
「男子高・女子高出身vs.共学高出身あるある」
が話題になった。
3人は出身地はバラバラだけど、全員共学出身。

「別学出身者は異性の友達が作りにくい」
「“女子力”云々というのは
女子高出身の女子が言い出したに違いない」
「共学の女子は全体的にサバサバして男っぽい」
「女子高には宝塚男役的女子が存在する」
「男子高出身者は大和撫子を好みがち」などなど。

偏見まみれの笑い話ですよ、念のため。
場所はカフェだけど、居酒屋トークと思ってください。

ちょうど店内にはスコーンの焼きあがる香りが。
「オーナーさんは、どっちかな?」
小ぢんまりしたカフェでご自慢の焼き菓子を提供する
柔らかくほわんとした雰囲気のYさん。
聞いてみると「女子高です」。

共学3人組が「あぁやっぱり、女子高っぽい!」と
納得しかけたところをYさんがピシャリ。
「ちょっと待ってください、私、埼玉出身なので
皆さんの言う“女子高”とは意味が違うんです」。

なになに?
出身県によって女子高のイメージって変わるの?

Yさんによると、戦後マッカーサーの指示により
それまで別学だった日本の高校は共学に変えられたが
その改革は日本の南から進んで、東京で止まった、と。
「だから埼玉以北では
公立高校に進学すると別学になるのが普通で
東京以西で言う私立の女子高とは事情が違うんです」。

ほー。
初めて聞いた。
でもそう言われると、確かに
私の知り合いの北関東~東北出身者は別学ばかりだ。

で、調べてみると、Yさんの説明は概ね正解のようだけど
「南から進んで東京で止まった」わけではなさそう。

戦後の占領下で行われた学制改革により
アメリカ教育使節団報告書の方針に沿って
高校の男女共学化が勧められたのだが
それが西日本では強硬で、東日本では寛大だったらしい。
西日本で絶対だった共学化は、
東日本では反論の余地ありだったというわけ。
※どういう事情でそうだったのかについては『戦後教育史への証言』(1971), P.122 にありそうなのだが
資料にたどりつけなかった。


たとえば群馬県では共学化の教育的・社会的意味が
教育関係者や住民に理解されなかったという理由で
全校共学化が見送られた(参照)。
また、埼玉県では当時の県教育局が
「『男女共学は学力の低下を招く』とガンとして反対をした」
という記事が埼玉新聞に載っているらしい(参照)。
つまり、県単位で共学化に抵抗したところがあって、それが
埼玉、群馬、福島、宮城など、北関東~東北エリアに
集中している、ということのようだ。

で、最近ではこれらのエリアにも共学化の波が
押し寄せてきてるらしい(参照1(2009); 参照2(2010))。

へー。

ちなみに「別学vs.共学」は
その環境によって育まれたキャラの違いなので
成り立ちや事情はどうあれ、それぞれの出身者には
それぞれの特徴があるのだよ。
ふんわりした雰囲気を持ちつつ、
急に「ちょっと待ってください」なんて言えるYさんは
やっぱり「女子高っぽい」と、共学出身の私は思う。

それにしても居酒屋トークがマッカーサーにつながるとはねぇ。
勉強になりました。
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by emi_blog | 2013-07-09 03:03 | 文化 | Comments(0)  

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