Vulnerability

"vulnerability" を日本語で説明してみる。



以下、言語や文化に興味がない人には
「そんなの考えたこともなかった」
「どっちでもいいじゃん」と言われて
読んでもらえなそうな話。

"vulnerable" は日本語にしにくい。
辞書には「弱い、脆弱な」「攻撃や被害を受けやすい」「隙だらけ」
「傷つきやすい」「影響されやすい」というようなことが書いてある。
しかし、特に人について"vulnerable"を語るとき、
私は個人的に「どれもこれも、ちょっと違うなぁ」と思っている。

最近訳したTEDおよびTEDxのトークをヒントに
どこがどう「ちょっと違う」のか考えてみた。

コンピュータやネットワークに安全上の問題があり
ハッカーなどに攻撃されやすい状態であることを
"vulnerable" という(参照)。
この場合の"vulnerable" は
「弱点がある」「免疫がない」「やられやすい」というような意味で
修正プログラムなど“ワクチン”を投与して
"vulnerable" でない状態に治すことが求められる。

この文脈で言う"vulnerable" は
何かしらの放っておけない問題を抱えていて、
一刻も早く対策を講じて“治療”しなければならない、ということ。
問題は取り除かれるべきであり、
"vulnerability" は急いで解消されるべきで、
"vulnerable" から脱却した、攻撃等に耐えうる状態になる
(あるいは「戻る」)のが良く、そこには疑いの余地はない、と。

実際、アメリカでは"vulnerability" は"weakness"(弱さ)と
同一視されやすい。
"vulnerable"研究者のBrené Brown も自身が育つ過程では
そう教わってきたと言う(参照)。
Isabel Allende は年齢を重ねてようやくこう言えるようになった。
I'm not scared of being vulnerable.
I don't see it as weakness anymore.
(私は"vulnerable"になることを恐れていません。
"vulnerable"が弱さだとは思わなくなりました。)(参照

「強いことは良い、弱いことは悪い」という文化において
"weakness" は積極的に排除される。
ま、確かにコンピュータなど、組織や社会の場合はそうなのかもしれない。
防衛を強化し、安全を確保することが何よりも大事なのかもしれない。
しかし、人はそうではない。
人はむしろ"vulnerable" になれないとまずい。
Brené Brown は言う。

Vulnerability is absolutely at the core of fear, anxiety, shame, and
very difficult emotions that we all experience. But vulnerability is also
the birthplace of joy, love, belonging, creativity, and faith.
("vulnerability"とは 確かに恐れや不安や恥ずかしさ、そして
私たち誰もが経験する扱いにくい感情の中核となっているものです。
しかし"vulnerability"は、
喜びや愛情、所属感、創造性、信頼が生まれる場所でもあります。)(参照

だから"vulnerability"を感じないようにしていると
同時に生きる喜びや愛情も感じられなくなってしまう。
思考停止にも陥りやすい。
そして精神疾患など、自らを不健康で危険な状態へと導くことになる。

"vulnerable" になれずにいると
本人はしんどいんだし、周りも窮屈だし、体にも悪いんだから、
じゃあサクッと"vulnerable"になればいいじゃん、と思うのだが
どうやらそうはいかないらしい。
心理学者でカウンセラーのCortney Warrenは言う。

The truth is, it takes tremendous courage to be completely vulnerable
to another human being.
(他人の前で完全に"vulnerable" になるのには
大変な勇気が要るのです。) (参照

ふむ。
なるほど。

さて、このことをなるべく正確に日本語にしてみよう。
言語、文化の両面に配慮する必要がありそうだ。

TED/TEDxのトークでは
「"vulnerability"は弱さとは違う」と宣言することによって
「だから"vulnerability"を排除しないで」
「"vulnerable"になることを拒まないで」というメッセージを
打ち出すことができている。
しかし、これ、日本人にはピンと来ないと思う。
現代日本には文化として「甘え」が広く深く浸透しており、
弱さを許容する美徳もある。
日本人は自分の弱さを認めることについて、アメリカ人ほど抵抗がない。
それを悪用して「弱ければ許してもらえる」「弱いほうが得」などと捉え、
あえて弱さを手放したがらない風潮もある。
つまり、"vulnerability" にしろ、"weakness"にしろ、
それを混同した何かにしろ、日本人にとっては
慌てて「克服しなきゃ」と思い立つほどのインパクトが
そもそもないのだと思う。

「ダメ人間」「ズボラ」「寂しがりや」「人見知り」など
日本語には自分の弱さを表現する手段がたくさんあり、
日本人はそれを“自己紹介”することに慣れている。
実はそうすることが"vulnerable" な部分に触れないための
防御策であり自己暗示でもあって、
行為としては"vulnerability" の排除によく似ていると思うのだけど、
特に訳すという純粋な言語的操作をする場合には、
この前提や習慣を無視してしまうとうまくいかなくなる。
このあたりが、"vulnerable" の辞書的な意味に
「ちょっと違う」と感じる理由ではないかと思う。

「弱い」「脆い」「傷つきやすい」 に抵抗が少ない文化では
その状態になるために特段の勇気や決意や覚悟を必要としない。
だからたとえば"Be vulnerable."を
「傷つきやすくなりましょう」などと訳してしまうと
何を、なぜ推奨されているのか、よくわからない。

さて。
うまい訳語が見つからないときは、いったん語から離れて、
定義や説明、背景、前後関係などの間で考えを巡らせる。
そしてそこから抽出したエッセンスに合う日本語の表現を探すと
案外ぴったりの訳が見つかることがある。

嫌われるかもしれない、フラれるかもしれない、
恥をかきそう、バカにされそう、失敗しそう、カッコ悪い。
そういうときの気持ち。
怖くて逃げ出してしまいたい気持ち。
止めておいた方が無難だという考えもありつつ、
でも思い切って行動に出ると、そこに何かしらの成長が生じて
後々、「やってよかった」と言うことになる、
その行動を起こすときの気持ち。
ふむ。

このプロセスを経て、"vulnerable" を日本語で表すのには
以下のような表現が適当ではないかと考えた。
「弱みを見せる」「腹を割る」「心を開く」
「自分をさらけだす」「素直になる」。
あぁ、以前探した『素直』の英語訳(参照)に
"strong enough to be vulnerable" を加えよう。
重要なのは、これらの行動にはリスクが伴う、という点。
これらの行動がとれるということは
そのための強さや勇気が備わっているということである。
その行動の裏には
自分ときちんと向き合い、長所も短所も認め、受け入れ、
それを包み隠さず見せるという、公平で誠実な心構えがある。
リスクがあっても成し遂げたい目標や意思、情熱がある。

対義語を挙げるともっとわかりやすくなるかな。
「"invulnerable"/"vulnerable" でない状態」とは
「臆病」「ガードが堅い」「隙がない」「強がり」
「本音を言わない」「虚勢を張っている」「鎧を着けている」
とか、そんな感じ。
それを続けていれば、不安や悪い予感につきまとわれ、
喜びや愛情を感じにくくなり、疑心暗鬼になり、
保身や完璧主義、虚言癖、自己欺瞞などを誘発し、
自分や周りの人たちを精神的に疲れさせていく…というのも
イメージしてもらいやすいのではないだろうか。

"invulnerability" の代償として喜びや愛を感じなくても
別に構わないという人もいるかもしれない。
"vulnerable" になるくらいなら、何も感じない方がラクで、
無感情はリスクフリーの賢い選択だと思っている人もいるかもしれない。
確かに、その場その場ではそうかもね。
でも、それって危ないんだよ。

if we don't allow ourselves to experience joy and love,
we will definitely miss out on filling our reservoir with
what we need when those hard things happen.
(日頃から喜びや愛の経験をためておかないと
つらい事があったとき、肝心なときに貯水池が空っぽで
頼ることができないのです)(参照

なんでもない日にコツコツ貯めておいた喜びや愛の経験が
いざと言うとき、自分を救う。
再び立ち上がるための力をくれる。
辛いときに“カラッポ”なんて哀しすぎる。


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Dullness (2014/8/12)
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by emi_blog | 2014-10-19 12:30 | ことば  

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