「ば」と「たら」

違和感としてはかなーり微弱だが
どうも引っかかっちゃう表現のこと。



「すれば」と「したら」など
日本語教育において「仮定」という項目で習う表現には
interchangeable でどっちでもOKというペアがある。
「安かったら買います」と「安ければ買います」みたいにね(参照)。

でもinterchangeable じゃない場合もあって
「読んだら貸してください」はいいけど「読めば貸してください」はダメとか、
いろいろあるんだよね。
日本語教育から離れて久しいので
文法の細かいことをすっかり忘れちゃったのよ。

「なんかいろいろあったよなぁ」程度の文法知識なので
アテにはならないが、
ずっと「これは非標準?というか、方言じゃない?」と
気になっている表現がある。
料理のレシピによく登場する「すれば」。

「火にかけ煮立てばアクを取り…」
「野菜がしんなりすれば、塩コショウで味を調え…」
「肉の色が変われば調味料を絡め…」
「沸騰すれば弱火にして…」など。
このあたりの表現に違和感を覚える。
「たら」じゃないの?と思う。

同じ「すれば」でも
「再び煮立てば出来上がり」
「色が変わればOK」
などであれば、引っかからない。
微妙。

ネット上にある日本語のレシピにはいつも大変お世話になっていて、
とても助かっていて、おいしくできさえすれば文句なんて全然なくて、
それはもう、全面的にありがたい以外の何物でもないのだが、
じゃあレシピを読んだときに感じた引っかかりを
なかったことにできるかと言うと、そうはいかない。
一般の方の投稿をそのまま載せているものが多いからねぇ。
文法、説明の構成、Discourse、誤字・脱字、変換ミスなど、
どうしても気になってしまう。
ま、料理上手には"感覚派”が多そうなので
読む方も感覚的に読んでいる場合が多く、問題にならないのだろう。

そんな中、この「すれば」の類については
誤用とも言い切れないし、なにしろあまりにフツーに登場するので
少なくともレシピの世界では「アリ」の表現なのだろうと思う。
でも、もしレシピ投稿者の出身地や年代のデータが採れたら
この「すれば」使用者の散らばりのRange は
かなり小さいんじゃないかとも思う。

もちろん意味もわかるし、料理もちゃんとできあがる。
ただ、私が個人的に気になるってだけの話。
"感覚派”の人には「気にしなきゃいい」と言われるでしょうな。
私の引っかかりも、おそらく文法的に説明がつくんだろうけど、
説明をつけたところでどうなるものでもないんでしょう。

少し話が逸れるが、外国で日本語を教えている人の中にも
“感覚派”は混ざっていて
私の判断では方言としか思えない発音や語彙などを
教室で堂々とリピートさせちゃってる、なんてことがある。
ネイティブスピーカーの威力。
ま、仮に学習者が習ったとおりに身につけたとしても、
“訛り”や“誤り”はどうせ他にもたくさんあるんだし、
後々問題になることはほぼないから、いいんでしょうね。

もちろん、感覚に頼っていないレシピもたくさんある。
校正が入るものは、たとえレシピ考案者が"感覚派”でも
世に出るまでの過程で修正されてるんだろうし。

私のいちばん好きな料理の仕方は
研究者気質の料理人が論理的に書いてくれたレシピを隅々まで読み、
実験を重ねて出したであろう最適な分量やタイミングをきっちり守って、
レシピを忠実に再現する、というもの。
「そんなの料理じゃない」という声が聞こえてきそうだな。


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by emi_blog | 2014-11-03 22:21 | ことば | Comments(4)  

Commented by ジル at 2014-11-04 05:24 x
emiさん、はじめまして( ´ ▽ ` )ノ
ジルと申します。
今回、はじめてemiさんのブログを読ませて頂きました。


すごくためになるブログだなあと思ったので、
コメントを残させていただきました。


「ば」と「たら」の話、確かに...と思いました。
日本人なのにそのような細かい所に今まで気づかなかった僕は、感覚派なのかもしれません^ ^


僕は現在、ネットビジネスをやりながら、
趣味の英語勉強に励む毎日を送っております。
海外旅行が好きなので、
日常会話くらいできるようになりたいなといった感じです。


それではまた訪問させて頂きますね(*^◯^*)
Commented by emi_blog at 2014-11-04 11:57
はじめまして。コメントありがとうございました。
Commented by ibaraki_sni at 2014-11-04 17:32
ご指摘の「〜すれば」は、古語の用法を思わせますね。古語では「動詞の未然形+ば」で、仮定ではなく、その事がらがあると、いつも決まってあとに述べる事がらが続いて起こるということを表現する用法があります。

有名な山上憶良の歌の「瓜食めば子ども思ほゆ 栗食めばまして思ほゆ」は、「もし瓜を食べれば……」ではなく、「瓜を食べたら決まって子どものことが思われる、栗を食べたらまして思われる」という意味です。この場合の「ば」は、仮定ではありません。

「火にかけ煮立てばアクを取り…」「野菜がしんなりすれば、塩コショウで味を調え…」などは、「感覚派」ならではの、ものすごく強引な古典的言い回しという気がしてしまいます。
Commented by emi_blog at 2014-11-05 07:03
なるほど。この「ば」が仮定でなく条件で、「と」(「食べると」)に置き換えられると考えると違和感の理由を説明することができそうです。「AするとB」では「Aの条件が成立するとBが自然発生的に生じる」となりますから、Bに「アクを取る」などの行為を持ってくるとおかしくなる、ということでしょう。

感覚派にはかないません。
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