“先輩”

“先輩”のありがたさ、について。



私はいわゆる体育会出身じゃないので
殊更に「先輩」「後輩」と言う機会がないし、
その概念が特に好みでもない。
そもそも年齢や経験年数による“数的”な区分にも、
学閥にも興味がなく、地元意識も低いからね。
いろんな友達や知り合いがいて、その中には年上も年下もいる。
経験の深い人も浅い人もいる。
そんだけ。
尊敬したり仲良くしたり、
かわいがったりかわいがられたりするのに
「先輩」「後輩」を挟まなくても別にいいでしょと思っている。

ではあるのだけど、
ちょっとした相談やアドバイスが必要なときに
“先輩”の存在はありがたいなぁと思うことはある。

このところ、どういうわけか面倒くさいことが重なって
「んもー」となることが続いた。
で、“先輩”に向けて吐き出した。
「こういうとき、どうされてます?」
“先輩”がたは、私の説明がじゅうぶんでなくても、
つまり皆まで言わずとも、状況を理解してくれ、
「自分はこうしてるよ」と、いくつかのヒントをくれた。

その短いやりとりで、私は“先輩”がたもこれを経験していたこと、
“先輩”がたが私の仕事を見ていてくれていたことを知り、
さらに、気をつけていたはずなのに、またいつの間にか
私が相手のペースに巻き込まれていたことに気づいて、
反省する機会を得た。

というわけで、私のモヤモヤはいとも簡単に晴れ、
解のない問題を共有し、いなし方を学び、励まされた。
ありがたい。

この“先輩”がたに「大丈夫」と言ってもらえるうちは、
私はきっと大丈夫。


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by emi_blog | 2015-05-25 09:34 | 仕事  

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