保育

日本で自宅保育園を経営している友人と
教育談義のような取材のような雑談。



彼女とは高校時代からの付き合い。
お互いの都合がついたときにふわっと会うだけなので
会うときはいつも「久しぶり」なのだが
いつも驚くほど話が通じる。
共通の知人はほとんどいないし、場所も文脈も異なるのに、
同じようなタイミングで同じような経験をしていることが多いのだ。

で、今回は日本で話題になっているらしい
『保育園義務教育化』という本(参照)(私も友人も未読)や
それに触発されて書かれた
『47都道府県の保育タイプ』(参照)を私が持ち込んで、
「園長兼保育士的に、どーよ?」と尋ねたのが始まり。

彼女から、現在の親の親(祖父母)世代が信じて疑わない
「三歳児神話」(参照)について聞く。
データ上で「父母型」に分類されている地域は
この神話が根強いということだろうか。
この世代は専業主婦率が高く、自分たちの子育ての仕方に自信があるのか、
現代の親たちに、自分たちと同じやり方を強いる傾向があるらしい。
友人によると、その圧こそが、現在の母親たちを苦しめている、と。

「自分のやり方が正しい」
「私と同じことをやっていれば間違いない」って、
私はセンセイ用語かと思ってたけど、母親用語でもあったのね。
学校の成績だけですべてが決まるならよかったんだけどね。

そして話題は現在の母親たちへ。
お勉強だけ頑張っていればいいという環境で、
他人との関わり方を知る機会を与えられてこなかった人が、
子どもを生んで初めて、自分以外の人間、しかも幼い子と
いきなり四六時中どっぷり関わらされることになる。
相手に合わせることも、誰かの世話をすることも、
相手の気持ちを汲むことも、自分をコントロールすることも、
何もかもが初めて。
友人の保育園では特に母親支援(教育)に力を入れているので
そのあたりの「教わり忘れ」に対して
具体的に危機感を持っている様子だった。
「親になる前に、ぜひ学んでおいてほしい」。

そういえば、その「親になる前」にあたる
20-30代の日本人たちを見ていて感じることがある。
優等生で、いわゆる学校の成績的な意味では頭が良いんだろうけど
思考停止状態で、自分で判断や決断をするということがなく、
常に丸投げ、おまかせで、誰かにもらった答えを鵜呑みにして
満足してしまう人たち。
結果が出なかったときに、「ここまでは頑張りました」と
“部分点”や“努力賞”を取りに来る人たち。
都合が悪くなると音信不通になり、
こちらから「大丈夫?」と声かけすると
「何のことですか?大丈夫に決まってます。ご心配なく♪」という返事で、
そう言うならしょうがない、と思って放っておくと
実はとんでもないことになってて、発覚したときには手遅れ、とか。
ただしそういう人たちに、
「答えを求めないで、自分で考えなさい」
「つべこべ言わずに結果を出しなさい」
「なぜ途中で報告しなかったの」なんてことを言おうものなら
感情的になって支離滅裂になって、すべて放り出して逃げちゃう。

そういう下地のある人が、年齢的には子どもを生む人たちなわけで、
親になることでガラッと変わる人もいるのかもしれないけど
変わらない人もいるというわけだ。

友人は「そうそう」とうなづいて
「ただし子育ては、表向き放棄できないことになってるから
なおさらタチが悪いんだよ」と言う。
一日中、自宅で乳児と二人っきり。
わからないことだらけ、うまくいかないことだらけ。
逃げたいのに逃げられない。
保育園に入れる1歳半になってからの働きかけでは、
「人格形成上、遅すぎるという実感がある」と言う。
うーむ。

やっぱり「親になる前」が大事だね。
ただし、親になってしまった後でも
「助けを求めてくる、助言を聞ける、素直な人なら
アドバイスしたり、相談に乗ったりできるんだけどね」と言う。

うん。
「助けが求められない」って本当にマズイよね。
弱みを見せたくないし、認めたくないから、
とりあえず一人でうまくやってみせようとするんだろうし、
次の段階で周りに感づかれて、おせっかいな人に声をかけられたら
本当はチャンスなのに、そこでもバレないように頑張っちゃって、
どんどん隠蔽する方向に進んでいっちゃう。

「正解を求める」と「助けを求める」は別のもの。
「丸投げ」と「頼る」は別のもの。
「鵜呑み」と「素直」は別のもの。
「意固地」や「頑固」と、「意志」は別のもの。
そのへんが伝わっていかない。

そこから、現在の教育は、いちおうの傾向として
「よく考える」「みんなで協同する」「いろんな人を巻き込む」
「答えのないことを話し合う」という方向に向かっているので、
これが日本にもっと根付いて、その教育を受けた子が大人や親になると
少しはマシになっていくかなぁ、という話に。
悲観的なんだか、楽観的なんだか。

「『子育てはプロと共にやっていくものっていう時代に
入ってるのかも』と、スタッフたちと話してるよ」と言う彼女。
そんなつもりじゃなかったのにね。
ただ日常の中で見つけてしまった問題にふと解決策を思いついてしまって、
誰かやればいいのに誰もやらないから
重い腰を上げてしぶしぶ始めただけだったのにね。
あなたも私も、本当にうっかり巻き込まれて、
気づいたら深みにハマってる体質だよね。

今回もまた、お互い会っていない間に
別々の場所で同じような経験をしていたことがわかった。
彼女とのこの“答え合わせ”についていけるうちは、
私は大丈夫なのだろうと思う。


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by emi_blog | 2015-07-20 06:56 | 教育  

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