ヘルプデスク

母とのスカイプ中に、トラブル発生。



いつもどおりのビデオ通話が始まって数分後、
母が「お手手が行かない」と言い出した。

どうやらどこかを何かやっちゃったらしく、
見慣れないアプリが起動して、
そのせいでポインタが固まって動かなくなったようだ。
「じゃとりあえず再起動してみますか」と
強制終了と、立ち上げなおしを指示。

いったん席を外して戻ってみると
母がオンラインに戻っている。
通話をしてみたが、コールするだけ。
ははぁ、まだ固まってんだな。
その後も、オフライン→オンラインと出入りしているから
再起動を試してみてるんだろう。

慌てているだろうから、イエ電にかけてみる。
「電源切ったら、スカイプも切れちゃったのよぅ」って、
うん、そりゃそうだよ。

そこから私は即席ヘルプデスクとなる。
まずは母に落ち着いてもらって、なるべく状況を詳しく聞き取って、
解決策を検索して、母に伝わりやすい方法で説明して、
こまめに応答を取りつつ、理解できたか、操作できたか、
今どんなものが出ていて、どこを見ているか確認しながら進む。
急かさず、責めず、和やかに。
待ち時間が長くなりそうなら休憩を入れる。

このあたり、電話オペレータ経験を通じて鍛えられた技が
生きてるなぁと思う。
声の様子から顔の見えない相手の表情を読み取り、
情報を聞き出すためになるべく穏やかに話を運び、
何度も同じことを言わせたり聞かせたりしないように気をつけ、
慎重に言葉を選び、語気を制御し、
疲れてきたら休んでもらい、
できるだけ単純で、できるだけ少ない操作で、
やる気を保ち、なんとか辛抱してもらえるよう、励ます。

多くの人は、自分の見ているものをうまく言語化できない。
“言葉が足りない”(参照)のである。
トラブルの現場では、もともと感情が波立っているから
自分で自分の言葉が足りないことにイラだちやすい。
だったら、余裕のある方が多めにコミュニケーション・ポイント(参照)を
負担すればいいだけのこと。
口ゲンカのほとんどは、
自らの言葉が足りないことを棚に上げた者同士が
コミュニケーション・ポイントの出し惜しみをしているのが原因だと思う。

そして私は結局こういうことをずーっとやってきてるんだな、と思う。
「お手手が行かない」級の謎めいたキーワードを解読するように、
子どもや外国人や学習者の発する言葉をどうにか解読して、
相手がどうしてほしいのか想像して、
なるべく相手に情報を提供してもらえるように協力を促して、
得た情報を切ったり貼ったり組み立てなおしたりして、
「こういうことですか?」と提示しながら方向性を定めて、
最終的に相手の要求になるべく応えられるように持っていく…
というようなことを、公私の別なく年がら年中やっているのである。

こうした経験は、現在の私の話し言葉への強い興味と
無関係であるはずがない。
卵と鶏の関係か、表裏一体か、一心同体か。
日頃から、人間が言葉を使う場面でやりとりがどう進行し、
全体としてどんなFabricができあがっていくか、
その過程を観察することに慣れているおかげで、
イザというときに、少し先回りをしたり、
多様な可能性や選択肢を用意したり、
その中で最適なものを提供したりする余裕が持てる。

いやぁ、それにしても。
実の母と母語で行う会話が、こんなふうに複雑になり得るのだ。
もちろん、「だからこそ」の部分はある。
でも、簡単な会話、単純なコミュニケーションだなんて、
きっと奇跡か勘違い。
他人と第二言語で会話する“うちのコ”たちは
みんな、本当によくがんばってる。

そうこうするうちに、無事解決。
お疲れさま。
私も母も気が長くてよかった。


【関連記事】
「言葉が足りない」(2015/11/18)
コミュニケーション・ポイント (2013/5/5)
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by emi_blog | 2015-11-23 05:26 | その他  

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