「英語科」

英語という言語と
英語という教科について。



先日、保育士から保育園長になった友人と
話していたときのこと。
しぶしぶが高じて、いまや保育園経営から
“母親教育”に軸足を移しつつある彼女と
カウンセリングやコーチングについて話していて、
日本の“育児学習者”は英語学習者より
コーチングとの馴染みがよさそうだと感じた。

コーチと学習者が二人三脚でともに進むという考えに対し、
“育児学習者”は心を開きさえすれば応じやすい。
英語学習者は比較的、心を開いている場合が多いが、
二人三脚の考え方をなかなか受け入れられない。
何が違うんだろうねーという話になった。

英語の場合、「先生と生徒」のイメージから
脱却できない人が多いなと感じるのだ。
隙あらば「教えてもらう」体勢をとり、
「先生のお気に召すように」ご機嫌をとろうとしたり、
「先生のおっしゃるとおり」で、
こちらのやり方に全面的に乗っかろうとする。
このタイプの人にコーチングを施すのは
不可能ではないのかもしれないけど私は難しいと感じる。
それは日本文化由来のクセのようなものかと思っていたが、
友人のところにいる“育児学習者”は日本の日本人なので、
考えを改めた。
同じ学習者でも、育児を学ぶときにはできて、
英語を学ぶときにはできなくなる、ということがあるかもしれない。

英語は初めて出会うのが学校の教科としてだから、
第一印象の「お勉強」感や
「先生に教わるもの」というイメージが強いのかもねぇ、
というあたりでその日の話は終わった。

それから数日後、あるツイートで
「教育学 vs. 『教科指導』学」という対立
という表現を見かけた(参照)。

ふむ。
そう言えば確かに日本でいう“英語教育”は
「英語という教科の授業を担当すること」
という意味が強い。
いや、強いどころか、ひょっとしたら
それ以外の意味はないんじゃないかっていうぐらいだ。
あら、ということは「英語教育」とは別物ってこと?
なんだか大変なことに、大変遅ればせながら
気づいてしまったような気がする。

「英語科」って何だろう。
考えてみると、私は「英語科」というもののことを
ほとんど知らない。
日本の中学と高校で受けた授業は「英語科」だったのだし、
大学では一瞬だけ教職課程にいたので
「英語科教授法」みたいな科目を履修したような記憶もある。
が、「英語科」がどういうものかを考えたことはなかった。
あちゃー。

そうか、それでいろんなところで
いろんな人と話が噛み合わないのか。
「“実用”英語」みたいな名称も
まず「英語科」という枠があって、それ以外、と考えれば
そう名付けたくなる気持ちはわからないでもなくなってくる。
(でも、やっぱりあんまりわかんないけど。)

「英語科」かぁ。
私は「自称・英語教育に携わる人」になってずいぶん経つが、
「英語科」と関わりを持ったことがないんだろうな。
中学生を相手に学校の教科書を使って授業をしていたのや、
受験やTOEICなどの資格講座的なものは
見た目には「英語科」っぽい可能性があるが、
私は勝手に「英語」にアレンジしてしまっていたもんね。
もっと言えば、学習者としても、
私は一度も「英語科」を通ったことがないのだろうと思う。
私の出会ってきた英語は、最初からずっと「英語」だったのだ。

そうかぁ。
だから勉強が大嫌いでも、どうにかなったんだ。
納得。
もしあれが「英語科」だったら、
きっと私は英語ができるようにはなってなかった。
あぶない、あぶない。
勘違いか履き違えをしてたおかげで助かった。

私の経験の中で、「英語科」にわりと近そうだなというのは、
ESL教員養成系の言語学関連の科目だろうか。
うーん、たぶん違うな。
なにぶん日本的な「英語科」の意味するところを
私が理解していないから、なんとも言えないけど
ESLの教員たちが、ESLを「科」と捉えているとは思えない。
英語ができるかできないかで人生が大きく変わる人たちに対して
「科」を教えてたら、意味わかんないもんね。

もちろん、日本で英語を学んだ日本人の中にも
Coachee 的な自立した学習に馴染む人はたくさんいる。
それがどういう人かを考えていくと、
たとえばアメリカで研究や仕事や生活をするなど、
いわゆる英語使用経験が豊富な人と重なるようにも見える。
逆に「生徒」的な依存型学習者は
英語使用経験が浅い人に多い、ということになる。
「英語使用経験が多ければ自立、少なければ依存」とか
「英語使用経験を増やせば自立に転じる」とか
短絡的な結論でも、それなりに支持されちゃいそうな気はする。

しかし、これについてより重要なのは
「学校で、先生から習う」という「お勉強」と、
「いつでもどこでも、誰に指示されなくても、テストがなくても、
勝手に自ら取り組む」という「学習」との対立だろう。
これは英語に限ったことではないが、たとえば英語でいうなら
そこが「英語科」と「英語」の違いと重なるのではないだろうか。

ヘンなクセやイメージは最初からつけない方がいいけど、
もし不運にも「英語科」の「お勉強」からスタートしちゃったなら、
なるべく早い段階で「英語」の「学習」に転換させなきゃね。
もともと「お勉強」と体質的に合わない人は
比較的この移行がしやすいが
「お勉強」向きの優等生タイプや
指示に対して素直に聞ける良い子タイプだと難しい、と、
そういうことのような気がしてきた。

「学習」型にさえなっていれば、その後は
使用経験を積むことによってどんどん吸収していけるのだろう。
経験から満遍なく吸収できれば、バランスよく仕上がりやすい。
一方、「お勉強」型はどうしても特殊なフィルターがかかるので、
いくら経験を積んでも入らないものは入らないし、
吸収されたものもなんらかの独自加工が施されている場合が多く、
少なくとも今のところ英語を使う人たちの基準に照らすと
残念な結果になっちゃうんじゃないかな。
その一例が、英語に見える不思議な何かの使い手となって
いわゆるガラパゴス化に加担することだろう。
で、まぁざっと現状のようなことになっているのだろう。

それにしても、だよ。
私の無知にも、今さらにも、ほどがある。
「英語科」を理解していないんじゃ、話になんないよ。
とほほ。
知らなかったとはいえ、あちこちで無礼を働いてしまってたかもな。
相手もまさか「英語科」を理解してない人がいるとは
思ってないだろうし。
以後、気をつけよう。

今後も「英語科」に関わることはあまりないだろうし、
私は結局「英語科」のことが理解できないままなんだろうけど、
せめて理解していないということは、しっかり自覚しておこう。
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by emi_blog | 2016-01-07 15:56 | 教育 | Comments(2)  

Commented by saitohm at 2016-04-17 23:21 x
いつも楽しく読ませていただいております.
「英語科」というコンセプトが私がたどってきた英語学習上の困難を実によく簡潔に説明しているあらわして
いると思いました.特に,
> 吸収されたものもなんらかの独自加工が施されている場合が多く、
というくだりはグサっと来ました.自分の原稿でしばしば同僚を苦悶させています.クセが強いなと.

英語を代数の一種として対処しようという学習戦略がが身についていったのでしょう.
さまざまな生成規則の中から,云いたいこと書きたいことに合致したものを選びだし,
記憶している単語・イデオムで具体化して文を完成させるというわけです.

この戦略をとると,英語学習=法則コレクションの拡大となるため,適応範囲に無頓着になったり
(個別の単語に敬意を払っていない),実際の文章から法則を読み取る場合にも,過度の一般化をしたり,
学習済みの法則と融合してニセの法則が発生したりするなど,独自加工がいくらでも発生してしまう
のですが,本人はまったく気づかないわけです.

たまたまロシア語を少し勉強する機会があり,個別の発話,個別の文章に敬意を払うことが
なにより重要であることに気づくことできましたが,それが30を少し過ぎたころ.
もう少し早く気づいていれば,現在の苦労も多少緩和されたかもしれませんが,動機を考えると
致し方なかったかもしれません (英語は大学入試のため.英語が大の苦手でした.ロシア語は
旅の安全と,同僚とすこしでも彼らの母語で会話したかったため).

それでも若い学習者にはダイレクトに運用力獲得に向かってほしいので,
emiさんのような教育者に善導していただければと思い,こんな学習者もいたという
情報提供としてコメントしました.

失礼します.
Commented by emi_blog at 2016-04-18 05:14
おぉぉ!ナマの声、ありがとうございます。

>英語を代数の一種として対処しようという学習戦略

この表現は素晴らしいですね。お仕事で英語を使わざるを得ない方の学習を観察していると、頭の中でこの“戦略”が高速で機能している様子が感じられます。もちろんこの“戦略”は、英語圏でも役に立ちますし、まして「英語科圏」では唯一ともいえる有効な手段なので、hardwiredされているのは仕方ありません。私には「代数」という“理系”語(笑)が思いつかず、うまく説明できていなかったのですが、きっとsaitohmさんと同じタイプの学習者にはこの説明がピッタリですね。すとんと理解してもらえそうな気がします。今後のコーチングで使わせていただきます。

私がなんとなく感じていたことを裏づけしていただいたようで、とてもうれしいです。また、saitohmさんの体験は「英語科」出身者がのちに気づきを得て、言語学習に対する見方が変わったという実例でもあり、これは言語コーチとして大きな励みになります。貴重な情報をお寄せいただき、ありがとうございました。

いただいたヒントをもとに、さらに考えてみました。
http://emisblog.exblog.jp/22726033/
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