転禍為福

わざわい転じて福となす。
ってか、「福にしてもらっちゃってる」。



立て続けに、まあまあの失敗をした。
ひとしきり凹み、自分を責め、
自分に呆れ、失望し、先行きが不安になった。
もともとわりと救いようがなかったけど
いよいよ私は本当に救いようがなくなったのだと
情けなくなった。

そのたびに、家族や友人や通りすがりの人や、
関係各所や会ったこともない人たちが
総動員で何とかしてくれた。
それで最終的には
「災難ではあったけど、良い経験になった」とか
「あれはあれで、よかった」とか
暢気な感想で振り返るような結末を迎えた。

それで、気づいた。
きっと私はいつもそうなのだ。

私には生まれてこの方、取り立てて嫌な思い出がない。
嫌な目に遭ったり、痛い思いをしたり、
それこそ命が危ぶまれたこともあったくせに、
普段はその多くをすっかり忘れているし、
たとえば何かの拍子に思い出すことになっても
各エピソードの最後には決まって
「よかった」という感想で締めるようになっている。

それはきっと彼らのおかげだ。
私の周りにいる、やさしくて器のでっかい人たち。
新幹線の清掃ばりに仕事の速い人たち。
彼らがチームとなって、私の身に起きた“禍”を
ささっと“福”に転換してくれているのだ。
凹んでいる私をよそに、
「はい、変えといたよ」ってなもんなのだ。
“禍”は私が記憶しようにも、すでに消え去っていて
そこにはない。
で、「はい、代わりにこれ」と“福”を渡される。
あまりの急展開に私はついていけないのだけど
「いいから、行きな」ってな感じで
気づけば、私はもう次のステージに載せられている。

いや、だから私は反省しているようでいて
実のところはそうでもないんだろうし、
失敗はなくならないし、とんでもないこともやらかすし、
いつまでも救いようがないままなんだけどさ。
世の中は本当に不公平で、私はズルばっかりで、
それはもう、申し訳ないほどなんだけどさ。

これは、この上なくありがたいことだと思う。
「生かされている」というのは
こういうことかもしれないと思う。
四方八方、どこにも足を向けて寝られない。


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by emi_blog | 2016-01-14 04:36 | その他 | Comments(0)  

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