writing

「英語で書くときと母語で書くとき
別人になるような感覚はありますか?」



今日から"writing"のコースが始まった。
(適当な訳語が見当たらない…)

academic writing(これも…)については
K州にいた時に聴講していたESLである程度やったけど
今回は“切羽詰り度”が違う。
Writing Centerというサポートもあるが
ここのはあんまり評判がよくない。

Edu Dep.(教育学部)のサイトで生徒募集を
見つけさっそく申し込んだ。

初日の今日はほぼ自己紹介と
"writing"についての経験や意見交換。

講師のLは不思議な縁で雑誌の編集を始め
literacy volunteer(識字…なんとか?)がきっかけで教育に移行。
現在はベテラン編集者として活躍しながら小学校でも教え
私と同じプログラムの修士課程をまもなく終える。

Lに言われて気づいたが
この修士課程でのwriting教授法は
子どもの作文程度のものしかなく
大人に学術的なテクニックを教える場がない。
というわけでこのコースは
Lのindependent study(「自主研究」?苦しい)で
単位はないがお金もかからない。
私たちにとっては渡りに舟だ。

私は自己紹介の中で
「書くことは好きなのでブログをいくつか持っていて
まめに更新している」ことと
「書くことで頭の中が整理されること」を述べた。

そこで冒頭の質問が出た。

英語生活の方が長くなっている人は
「もう母語で書くことはできなくなった」。
数年未満の人は「母語で考えてから訳す」。
え、そうなの?
どっちにしても考える時の言語は1種類ってこと?

出国前にKさんに話した時にも驚かれたが
私は普段から何か考える時に
英語の場合と日本語の場合とがある。
Lに「話題による?誰に向けて書く(言う)かによる?」
とKさんと同じ質問をされたがよくわからない。

英語で考えたことは英語で出した方が早いし
日本語の方がしっくりいくなら日本語。
要するに楽な方、楽な方へ。
その場に適さない場合は訳して出すしかないが
翻訳能力は↑のひどい訳語をご覧のとおり。

最近はあたりまえだけど英語漬けの生活なので
バランスをとるためにも
ブログは日本語で書くようにしている。

母語とはいえ胡坐をかいているわけにはいかない。
外国に住んでいるならなおさらだ。
日本語で書こうとしないと“日本語で考える力”が衰える。
実際、こちらに来てからのことはすべて英語で展開されているので
日本語で表そうとすると結構なトレーニングになる。

う~ん、伝わるかなぁ?
まだまだだなぁ…。
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by emi_blog | 2006-02-08 23:24 | ことば  

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