思し召し

“なるべくしてなる”
ということについて。



意外なことも予想に反することも
すべてがプログラム済みの必然だとすると
求められるのは
“流れ”を読んでそれに正しく乗ること。
タイミングや勇気。
逆らったり止めたりすれば
流れが淀むか自分が溺れるか。

流れを“呼ぶ”とか言ったりもするけど
それは力任せに表面を変化させるなんてことでは
たぶん、ない。
流れはもっと大きくて深いところにある。
どうこうしようと思うこと自体がおこがましいような何かが
じわじわ動き始める時
私たちにできるのは
せいぜいそれに“感づく”という程度のこと。

失敗とか成功とか出会いとか別れとか
神懸かり的な現象を
自分で起こせるなどと思い上がると
激流に足元をすくわれる。

さらさらさらさら
あくまでも美しく軽やかに。
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by emi_blog | 2007-06-19 21:30 | その他 | Comments(0)  

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