キャッチボール

空気に書いてあることを
読み取る能力について。



私はその手の読解力が
著しく欠けている。
…ということを冒頭に発表してしまうやり方そのものが
すでに“空気読み”上
ルール違反というか試合放棄に当たるのだろうけど。

せっかく言葉があって
自由に組み合わせることを許されているので
いちばん本心に近いものを選んで発するのが
いちばん伝わりやすいのかと思っていた。

さらに
てっきり誰もがそうしていると思っていた。

思い込みとは危険なもので
これに気づかず突き進んでいると
無駄な衝突が絶えない。

まず
“言う=思う”と
“言う≠思う”という
ふたつの異なる前提があると知るのに
時間がかかる。

=の人は直球ド真ん中を投げ
≠の人は小技を効かせた変化球で攻める。

問題は受ける側になった時。
よほどの技術がないと
自分の得意な球種しかキャッチできないので
パスボールやワイルドピッチになりやすく
たまたまミットに収まっても
投げた側の意図した形ではないので
かえってこじれることになりかねない。

=の人には≠の人の
「ただ言っただけ」
「言わなくてもわかる」
「言っちゃったら意味がない」
などが理解できないし
逆に≠の人にしてみれば
=の人の“真に受け具合”が信じられず
変に勘ぐったり深読みしたりしてしまう。

=の人は
痛くもない腹を探られるのも
あらぬ方向に話が進んでいくのも不快。
≠の人は
「言わなきゃわからない」なんて冷たくされ
寂しく思っているのを察してほしい。

…ということが
ようやく頭でわかるようになっても
所詮、衝突後の分析でしかなく
未然防止には至らない。

これぞ文化摩擦。
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by emi_blog | 2007-07-25 22:38 | 文化  

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