お与え

母譲りの“お与え”信者なので
越えられない試練などないと思う。



乗り越えられる力を見込んで
試練は与えられるから。
期待されているというのは
ありがたいことなのだ。

修行のカミサマが手加減を始めたら
見限られたかと慌てて奮起した方がいい。

先日友人が
“やろうと思えばできたのにしなかったこと”
を悔いていた。

しないで過ぎてきたことなど誰にでもある。
人はそのすべてをいちいち悔やんだりはしない。
悔いが残るのは
試練と知りながらすっぽかしたとき。
そしてその悔いそのものが
新たな試練として与えられる。
今度はすっぽかすなよ、というプレッシャー付きで。

一度与えられた試練は同じかたちで差し戻しにはならない。
見ないふりをしたり捨てたり逃げたりすると
パワーアップして返ってくる。
だから試練は届いた順に、その都度対応しておいた方がよい。

さて。

問題は試練の内容が読めないとき。
今の私を例にするなら
①是が非でも、または要らなくても取りに行くこと
②自分の嫌いな自分を演じられるようになること
③やっと見えてきた道を自ら断念すること
④まったく新しい分野を開拓すること
の、どれをとっても厳しい選択には違いない。

トレーニング開始は間近に迫っているのに
メニューが定まっていないのだ。

いろんな人がいろんなタイミングで
いろんなことを言う。
それもすべてが与えられた貴重な判断材料。
自分に都合のいいものだけ容れないように
できるだけ公平に冷静に
耳を大きくひらいてよく聞こう。
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by emi_blog | 2008-08-08 16:13 | その他 | Comments(0)  

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