束縛志向

決めてもらいたい願望、について。



たとえばふたりで何かを分けるとき
分けてもらう側に回りたい、というタイプの人がいる。
好きに分けてよいという条件で
自分が率先して分ければ
分け前が多くなるとしても、だ。

あまりにも損が大きくなる場合には
分けた後で議論になることもあるけど
ひとまず分ける時点では相手に任せたい。

日本人に限ったことかどうかわからないが
そういう日本人には心当たりがある。

“ちょっぴり強引で包容力がある”は
日本女性の間で根強い人気の定番だが
最近は理想のカノジョにも当てはまりそうだ。
枠というか箱みたいなものを作ってもらって
その中で好きなように泳がせてもらえると最高。
“いい人”や“やさしいだけ”じゃダメなんだよねぇ。
まずは「こうするよ!」と宣言できないと。

極端な話、
“海より広い自由”と“がんじがらめの規則”の2択なら
後者の方を快適と感じる人が多いのかもしれない。
言動が乱暴な占い師や
説教くさい自己啓発本が売れるわけだよ。

「どこまでも羽ばたいて行っていいよ」なんて言われると
途方に暮れて飛べなくなるけど
制限を与えられるとその中で可能なことを
120%達成してみせる。
根付や食品サンプル、100円ショップの商品など
大きさや金額を決めてもらうと燃える。
技術を集結して素晴らしい作品を生む。

その反面、
どこかから鶴の一声が聞こえてこないと
初めの一歩が踏み出せない。
日本でアメリカがやたらモテている理由も
そこらへんにあるような気がする。
“ナンバーワン”なお友達の側にいると
内容はともかく動き出すことができるのでありがたい。
なにしろ得意技は工夫と改善なので
何もないところには腕を揮うチャンスがない。

さらに大げさに褒め称えられるより
内助の功、縁の下の力持ちとして
ときどきくすぐってもらうと
うれしくてまた頑張っちゃう。
名誉は親分の総取りでも構わない。

近年はいいように使われている感も
なきにしもあらずだけど。
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by emi_blog | 2009-01-19 15:36 | 文化  

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