Fossilization

第二言語習得理論の中に
“化石化”という考え方がある。



たとえば発音や文法や語彙などで
正しくないことはわかっていても
指摘や訂正を何度受けても
イヤになるほど練習を重ねても
どうにも直らない間違いのこと。

“現象”という捉え方もあるけど
私は“考え方”だと思っている。
それはさておき。

“化石化”ってのは
言語習得に限ったことでは、たぶんない。
わかっちゃいるけど動かせないことなんて
いろんなところに生息している。

でさ。思ったんだけど
これには成功体験ってヤツが
一枚噛んでるんじゃないかな。

実際に成功していればもちろんのこと
“成功したと勝手に感じた体験”でも十分。
そういう美しい思い出に伴う体験を
忘れたり崩したりするのはとても難しい。

第二言語に話を戻すなら
「間違えたけど通じた」という体験がまったくなかったら
つまり「通じなかった」という苦い体験しか持てないなら
どんなに意固地な人でも
自然と間違えないようになっていくんじゃないだろうか。

新鮮で瑞々しい“成功体験”は
生まれた途端に柔軟性や水分を失いはじめ
“過去の栄光”や“プライド”に変質しやすいという
残酷な性質を持つ。
捨てられないから「捨てたもんじゃない」と主張し
時の流れに逆らって
現状維持で乗り切ろうとしても
考古学的価値が認められる場面でもない限り
通用するものではないだろう。

「やった」という思い出はあっていい。
成功したら大いに喜ぼう。
そして、ぴちぴちのプルプルのうちに
惜しげもなくリリースしてしまおう。
もったいないからとただ抱きしめていても
鮮度は落ち、身は硬くなるばかりなのだ。
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by emi_blog | 2009-03-12 15:54 | その他 | Comments(0)  

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