Belongingness

コミュニケーションを追加して
よかったなぁ、のこと。



冬休みに撮ってきたデータの
テープ起こしに磨きをかけるため
ゼミ仲間の“お耳を拝借”している。
音声データと
私の作った原稿との照合をしてもらうのだ。

ゼミ仲間は全員
P教授の会話分析クラスを受講しているので
テープ起こしの知識も経験もある。
私としてはひと通りサラッと流して
私が聞き取れなかったところを埋めてもらう、
ぐらいのつもりで軽く考えていたのだが
みんな目を閉じて集中し
「今のとこ、もう一回」なんてやってくれて
ありがたいやら申し訳ないやら。

最初はまったく聞き取れなかった部分も
F教授を含む6(×2)コの耳で何度も聞いていると
そのうち誰かが「…こうじゃない?」と言い出す。
そこを突破口として前後のことばが
ドミノみたいに開けていく。
これはなかなかの快感で
メンバーも「みんなで聞くっておもしろいね」と
楽しんでくれている様子。
ありがたい。

会話についてのみんなの感想は
「外国人同士、お互いにがんばって
どうにかしているんだよね。感心するよ」。
あぁ、やっぱりそう見えるんだ、と思った。

同じデータを教育へ持って行くと
「発音が悪い」「文法が間違っている」
「単語がおかしい」「表現が下手」、
そして「だからこうして正そう」
…という展開になるんだよ、と説明すると
「へぇー」と目からウロコな反応だった。

「まぁそれはそうかもしれないけど。
でも普通はそういうことより
会話が成り立っているかどうかが大事なんだし。
むしろ限られた条件の中で
コミュニケーションできているということが
素晴らしいと思うよ」。
まるで私が褒められたような気持ちになる。
反省しきりだった被験者たちに聞かせてあげたい。

教室という空間が
いかに特殊な世界かということを叫んでも
“先生”たちにはなかなか届かない。
コミュニケーションという抜け道がなかったら
きっと私は教育の中で潰されていた。
もうとっくに挫折していた。

ここにホームがあるということが
あちらで異端を貫く力になる。
ありがたい。
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by emi_blog | 2010-02-12 14:12 | 研究 | Comments(0)  

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